2007.6.10: ロンドン!2

7時15分起床。8時半に朝食。パンとコーヒーのみだったので、胃にはやさしい。

9時チェックアウト。荷物を預かってくれといったら、小さいスーツケース2個なのに、1個2Lで計4Lとられた。さすがアラブ人(推定)。

昨日の観光はいまいちだった。本日は教会巡りの日。まず、ヴィクトリア駅の方に歩いていき、それを越してさらに歩くと。

Victoria Station

ウェストミンスター大聖堂 Westminster Cathedral (1895-1903, ビザンチン様式, 83m)。寺院とは関係ないらしい。ローマカトリックの大本山。おー、赤と白の煉瓦作りの建物がかっちょえー。

Westminster Cathedral 大聖堂

中に入る。おおー。中も色大理石がすげー。両側に並んだ礼拝堂のうち、いくつかはモザイクがすごいことになっていた。新しいのかな?寄付金でどんどん作り足してるのかな?


内部

祭壇

聖水盤

右側廊の金の礼拝堂

右翼の金の礼拝堂

左翼のピンクの礼拝堂

左側廊の銀の礼拝堂

私は左翼のピンクの礼拝堂の、鳳凰と孔雀のモザイクがものすごく気に入った。孔雀って、教会で滅多にみないよなあ。

11時、外に出る。すぐ、大聖堂の前からバスに乗れた。自販機で一日券が買えた(3.5L)。おお、これは便利だ。

地図を見つつWestminster Abbey 寺院あたりで適当に降りる。目につくあの塔(St.Stephen's Tower, 95m)は、ビック・ベン(1856鋳造)だ! するとその横のゴシックな建物は、Westminster 宮殿で、今は国会議事堂だ。門が閉まっていて門番がいて、近寄れず。1987世界遺産。

1049-1530年に王室居住、最後のアングロ・サクソン王朝であるエドワード懺悔王から、1529年の火災でヘンリー8世が引っ越すまで。議会や裁判所として使われていたが、1834年焼失。1840-52ゴシックで再建。Charles Barry設計。

Westminster 宮殿(国会議事堂)

道を渡って、寺院(1245-1519)へ。おおー。建物はすごい。ゴシック?

Westminster Abbey 寺院

中には、、、日曜で入れなかった。土曜も午前中のみ。昨日ついてダッシュで来ても間に合わなかったか?ちぇーーー。

12時、Westminster 橋へ行き、ビック・ベンの鐘の音を聞きながら、写真を撮る。

Westminster 橋

バスに乗って、CITYへ行きたいのだが、、、近くのバス停は工事中で閉鎖されていて、隣のバス停まで歩かなければならなかった。後で地元の人にきいたところによると、テロ対策の工事をやってるらしい。

政府関係の建物がひしめくその道はホワイトホール Whitehallといって、元は1698年に消失したWhitehall宮殿に通じる道路で、いろいろゴージャスな建物とか、道の真ん中に祈念碑とかあるから、まあ、いいんだけど。首相官邸はダウニング街10番地。でも警備が厳しく、落ち着いて写真とれない。

Whitehall宮殿は、1530-1698年に王室居住、1691年と1698年の火事で焼失。バンケティング・ハウス(1622, Inigo Jones)しか残っていない。チャールズ1世が処刑されたのはこの建物の正面。


King Charles St.

Downing St. 首相官邸
Horse Guards...

第一次世界大戦戦没者記念碑
セノタフ

The Women of World War II

前陸軍総司令官 ケンブリッジ公爵ジョージの騎馬像?と、Banqueting House

11番のバスに乗れた。市バスでも二階建てなので、景色がよく見えて、割と楽しい。安いし、早いし、地下鉄で移動するよりずっといい。

途中、National Galleryを通り過ぎる。なんか高い塔と噴水がみえた(写真後日)。

Charing Cross駅の前の塔「エレアノールの十字架」。エドワード1世の妻の亡骸が運送中に泊まった12箇所に十字架を立てさせたらしい。現存するのは3つ。ここのは再建。

「エレアノールの十字架」

なんか教会の脇も通り過ぎた。

セント・メアリー・ル・ストランド教会St. Mary le Strand (Gibbs)

セント・クレメント・デーンズ教会 St. Clement Danes (9c末創設, 1682, C.Wren)

ロンドン発祥の地「シティ」に入る。BC1cにローマ人が城塞都市Londiniumを建設したのが始まり。

12時半、セント・ポール St. Paul 大聖堂(1675-1710, Christpher Wren)に着く。おおー。バロック?な丸天井がかっちょいい。ちょっと離れた方がドームが見えていいな。前の銅像はアン女王。

St. Paul 大聖堂

中に入る。後ろの方にしか入れなかった。厳重で、写真も撮れないし。つまらん。

イギリスは写真撮影禁止なところが多いので(イタリアもだけど)、教会写真コレクターとしては、すっかりやる気がそがれるなあ。

降りたのと同じバス停から15番のバスに乗り、最後の目的地、倫敦塔へ。

途中、大火記念塔(62m, C. Wren)がみえた。1666年に4日間の大火があったらしい。螺旋階段で展望台にあがれるらしい。

大火記念塔

ずっと町中を走っていたのが、ふいに川沿いに出ると、どーんと、一気に古めかしい、ロマネスクな城が現れた。1078年、ウィリアム征服王がシティの権勢を睨んでWhite Towerを築く。1988世界遺産。

うぉー!!!かっちょえー!!!テンションあがってきた!

っとその前に、降りたバス停の前の建造物を二つほど。遺跡っちいのはタワー・ヒル・メモリアル(写真なし)。

All Hallows 教会

トリニティ・スクエア・ガーデンズ(公開処刑場)

あらゆる角度から城の写真を撮り続けながら、東へ回ると、、、

倫敦塔

橋に出た。でかい!てゆーか色が・・・昔からこんなファンシーなの・・・?

タワー・ブリッジ

落ちた〜♪落ちた〜♪と口ずさみながら歩いていたが、誤解である。これはタワー・ブリッジ(1886-94, Horace Jones, 40m)。

ロンドン橋は、北隣の何の変哲もないやつ。1209年に最初の石造橋として架設されたが、1973年に現在の橋が架けられ、それまでのはアメリカに移築。しらんかったー。

タワー・ブリッジまで歩いていってみる。橋の塔の上にもあがれるようだが(6L)、時間ないのでやめる。川の北側に倫敦塔が臨めるが、、、背後のタケノコが興ざめだなあ。

南側にはへんな形のモダン建築がある。ロンドン市庁舎(2002)、これも Norman Foster 作が!ロンドンの町並みを壊したのはこいつだー(怒)

倫敦塔というか城へ戻る。2時半、橋を眺めつつ、川沿いのカフェで、無難にツナサンドと水。

3時、城へ。チケット売場は城の西側で、結局ぐるっと一周してしまった。バス降りてすぐ西に向かって歩けばよかったのか。チケット16L、高い。売店でパンフレットなども先に購入。この私のやる気まんまん度がうかがえる。

Middle Towerの門のところで荷物検査を受け、もう一つ門Byward Towerを通って、中に入る。かっちょえー!!!

入ってすぐの塔はBell Tower。内側もずっと壁だ。ちょっと進むと、右手に囚われの人々が運ばれた水路Traitor's Gate。左手から中庭に入る。


Middle Tower

Byward Tower

Bell Tower

Traitor's Gate

Wardrobe Tower (遺跡)

いくつか建物の中も見られるので、中に入る。あまり時間なくなってしまったので、急ぎ足で、重要そうなものから先に。朝からこっちに来ればよかった。

White Tower

まず白い建物White Tower(1100完成)。外の木製の階段をあがって中に入る。中は武具博物館で、銃とか鎧とかいっぱい。礼拝堂には何もなかった。

Crown Jewels

次がCrown Jewels(17c以来公開)。ここに世界最大のダイヤモンド「アフリカの星」があるらしい。ロンドンに来たら絶対に見る!

と、5年前にイギリス旅行を計画していた時に友人に熱く語ったら、ベルトコンベアーで一瞬通りすぎるだけだよ、と言われた。

たしかにベルトコンベアーで一瞬だったが、、、戻って何度でも乗れる!監視の人がちらちら見ているが、注意されないので、よいのであろう。もちろん、写真は禁止。しっかり心に焼き付けよう・・・

わたくし、ベルトコンベアーに乗ること10回、右側と左側と5回ずつですな。次は右にしようかな、もう一回左にしちゃおうかな、などと悩むのもまた一興。

王冠は他にも数個あった。石もなかなか。ほへー、見ているだけでシアワセ。至福。まじで至福の時。ああ、なんでこんなに好きなのだろう・・・光る色ついた石・・・それはきっと私の名前のせいね・・千の結晶を欲するという・・・

おっともう時間がない。Fusilier's Museum(別料金)は入らず。

Fusilier's Museum

Medieval Palaceには中世の内装が再現された部屋があった。礼拝堂にはささやかなステンドグラスがあった。

Medieval Palace

続いて南側の壁の上を歩く。Bloody Tower。Torture at the Towerには拷問装置が展示。


Bloody Tower

Torture at the Tower

これで入れるとこには全部入ったかな?東側の壁も歩けるらしいが、まあいいや。王冠を見にまた来たいけど、他はかなりいまいちだから、チケット高いよなあ。

で、漱石先生が鬱ったのって、ここだよな。陰惨な歴史を思い描いて。今日は天気もよかったし、人も多いし、ハイテンションだったし、そんな瞑想は全くしなかったよ、あたしゃあ。

外に出ると、晴れてタワー・ブリッジが美しかった。汽笛が鳴ると人々が橋に向かって走り出し、何かと思ったら船が通るために橋が開くのだった。

タワー・ブリッジ

5時15分発。バスを乗り換えて、6時半にヴィクトリアに戻る。この間、地元のおじさんに、英語うまいね、などと話しかけられ続ける。まだいるならロンドンを案内してあげたいけど・・・旅先でいつもおじさんにナンパされる私。

コーチ・ステーションへ。げー、ケンブリッジ行きは7時半のバスしかない。9時半着予定。。。とりあえず、チケットを買う(10L)。ホテルに預けた荷物を取りに行く。

秘書さんにはカレッジに10時前に着かないなら特別の手続きしないといけないと言われて、7時くらいには着くって言っちゃったのになあ。今日は日曜だから、宿泊先に連絡入れておこう。

がー、電話番号がないー。荷物を開け、PCを開いて、メールをチェックする。公衆電話からかけるが、メモった番号が間違っててつながらない。もう7時だ、バスが来てしまう。落ち着け!落ち着くんだ!

加えて、カレッジの場所がわからないー。名前はあるけど、地球の歩き方の地図には載ってなかったー。メールには、TAXIに乗れと書いてあるー。ってことは、町から遠いのか?リンク先の地図はネットがないからつながらないー。

とりあえず、カレッジに電話で10時頃になると告げられた。7時10分、バスに乗る。降車場所をきかれて、その旨伝えると、中央バスステーションで降ろされるらしい。

7時半、バスが出る。乗る前に買った夕食、シーフード・タコスとチリ・チップスを食す。メキシコのがまし。

以上は直後に、以下は2007.8.11かく。

バスはStadford空港を通るので、結構時間がかかった。ロンドンの町を出るだけで、渋滞していて、小一時間かかった。高速にのってからは快調に走り、9時頃に夕日がみえた。

9時半、バスから降ろされる。ここは、どこだろう。私は、どこへ行くのだろう。広めの道路で脇に公園みたいなのが広がっている。バス停の地図にも、私のカレッジの名前は見あたらない。

他の人々はさっさと歩き去って、一人取り残されてしまった。そこへ 中国人か韓国人か、アジア系の女の子が、「ここ終点だった?」と声をかけてきた。「私の後にも人が残っていた気がする」と答える。

っていうか!「私、カレッジにTAXIで行かないといけないんだけど、TAXI乗り場どこ?」

「TAXI!?無理だよ!ここには流しのTAXIなんてないよ。TAXI会社の電話番号もってる?」

もってないー。秘書さんのメールにはいとも簡単にTAXI乗れって書いてあったー。だいだい長距離バス乗り場とTAXI乗り場って隣接してるものなんじゃないのかー?イギリスって国はなぁ・・・

「公衆電話どこ・・・?」「番号があれば、私の携帯からかけてあげるんだけど・・・」それでも彼女はどこかにかけてくれようとしていたが、プリペイド式の残金がきれていたのか、かけられないようだった。

と、脇道から、TAXIの灯りの点った車が一台出てきた。私は荷物があったのでもたもたしていると、彼女はばっと走っていって手を振り、そのTAXIを止めてくれた。

ラッキー!アジア人親切〜!

後でわかったところによると、そこは終点のセントラル・バス・ターミナルで、道路に細長く広がっているので、端まで歩くと、TAXI会社のボックスみたいなのがあって、電話がかけられるらしい。

やっぱり、拾う神はアジア人。欧米ではアジア人、とくに女の子は圧倒的に親切だ。周囲の目とか自分の損得とか考えず、ナチュラルに助けてあげたい、と思ってくれているのが感じられるのが、非常にうれしい。

TAXIは、小さいけれど垢抜けた繁華街を抜けた後、ぐるっと迂回して、私はすっかり方向を失い、橋を渡って、坂道を登って、私の告げたカレッジに、ぎりぎり10時前に、たどり着いた(7L)。

レセプションには男の人がいて、封筒に入ったカードキーを渡される。・・・これだけ?

とりあえず部屋にいく。中庭を横切った別の新しい建物で、エレベーターもある。部屋はよい。狭いが清潔で機能的。シャワーだが、バスルームも広くて明るい。

でも他にカレッジの情報が何も見あたらないので、再びレセプションへ。何もわからないんだけど、、、食事とか、売店とか、、、と尋ねたら、食事の時間だけはうろ覚えで教えてくれた。

バスの中で夕食をすませておいてよかったー。ちょっとパソコン開いて作業して、2時頃に就寝。

翌朝のレセプションの女の人はもうちょっとましで、カレッジの歴史の書かれたパンフレットをくれた。食事の時間やさまざまなルールが記されてあった。でも敷地内の案内図など欲しい情報はない。

新しくて部屋はいいが、案内が全くよくない、とは秘書さんに伝えておいた。ここへ泊まるのは私が初めてらしく、意見をきけて助かる、と言われた。オイオイ。


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