会場に入ると、幕のない舞台にはもうセットが組まれている。ピンク系の婦人の部屋。下手に丸い三面鏡をのせた化粧台、上手に鏡と、濃いピンクのベット。壁には絵がいくつもかかり、中央には上半分が硝子で格子のドア。
しばらく舞台裏の合唱が続いたあと、オケが演奏を始める。
そのドアから、田舎の宿屋の女主人で娼婦のシルヴィアが現れ、もう愛に感激して泣くこともできない、と嘆いている。シャンパンを持ってきた男は、二杯ほど飲んだあと、ボトルをいただいて追い返す。赤いバラの花束を持ってきた男は、花束だけもらって追い返し、愛に感激できない、とドアに投げつける。
婦人のソプラノに合わせて、メゾが聞こえてくる。
と、中央のドアの硝子をガチャッと割って外からドアノブを回し、ギターを担いだ若い男が侵入。シルヴィアはベットの裏の陰に隠れる。男は美少年で吟遊詩人のザネット、今日はここに泊まろうなどと歌って勝手にベットに横になって眠る。
婦人が出てきて慌てている。少年を起こして話をきく。すると、お互いに惹かれ合うが、婦人は若い少年が自分なんかと関わってはいけないと自制し、少年を追い返す。
少年は逆ギレしたのか天然なのか、「ならば美人と誉れ高いシルヴィアに会いたい」とのたまう。シルヴィアは自分なのだが、そうとは言えない。「シルヴィアに会ってはいけない」と告げると、少年は「嫉妬しているのか」とまでのたまう。
ついに泣き出した婦人を、少年はやれやれを見やったのち、「シルヴィアには会わないから、あなたとの思い出の品をくれ」、なんという図々しさ。婦人が指輪をあげようとすると、「そんな高価なものはいらん、高価でないものが何かほしい」そして「あなたの髪に飾っている花がほしい」と。婦人は「この花は明日には枯れるから、そしたら私のことは忘れてちょうだい」
少年は去り、シルヴィアはまた愛に泣けるようになったと泣く。
一時間があっという間の、凝縮された美しい物語であった。シルヴィア役のソプラノは美人ではなかったが歌と演技が非常によかった。少年役のメゾは高音はのびてよかったが、全体的にまあまあ。この物語は、タイトルがザネットなだけあって、少年がいいともっといいのだと思う。
休憩。シャンパンのんで、パンフ買って、ふらふら散策して。
会場に戻ると、同じ形のシルエットの違うセットが組まれている。灰色の寂れた部屋。中央にドア、下手は棚や時計が並び、上手に白いベット。そこで老人が瀕死の息をしている。フィレンツェの大金持ち、ブオーゾドナティ。その息に会わせてオケが演奏を始める。
中央のドアから十人くらい、さまざまな衣装をまとった人々がぞろぞろと出てくる。老人の親戚で、老人の顔を眺めたり、子供が臭いをかいで臭いという仕草をしたり、煙草の煙をふきかけて瀕死の老人がむせたり。そのうち老人はご臨終。
一人が噂話を始める。老人は財産を教会に寄付するという遺書をかいた、と。リーダー格の黒い衣装の太った老婆ツィータ(ブオーゾの従妹)が、遺書を探せと言うと、みなで棚を漁ったり、箪笥をひっくり返したり、大騒ぎ。老人の遺体もベットから転がり落ちてしまった。客席から笑いがおこる。
老婆の甥リヌッチョが、梯子にのって棚の上から遺言状を見つける。リヌッチョは、ラウレッタとの結婚を許してもらう、という条件で遺言状を叔母に渡す。みなでそれを囲んで読むと、噂通りの内容が書かれている。リヌッチョは、ラウレッタの父親ジャンニ・スキッキに頼ることを提案する。
リヌッチョ役は韓国人テノールは小太りで見た目は悪いが、声は太くてよく伸びる。このアリア「フィレンツェは花咲く樹のように」はFlorezも歌うくらい難しい名曲なのだが、あんま高音に聞こえなかった。(ネットでFlorezの音源きいたら、、、すごすぎる。こんなん脇役で出てきたら物語がふっとぶわ。)
中央のドアからジャンニ・スキッキと娘のラウレッタがやってくる。ツィータから持参金なしの娘とは結婚させないと言われて怒って帰ろうとしたが、ラウレッタにも頼まれたので、引き受けることにする。このアリア「私のお父さん」は超有名。でもこのソプラノは声が綺麗じゃなくていまいちだった。
ジャンニ・スキッキは、ラウレッタを部屋の外に出し、他にブオーゾの死を知る者がいないことを確認したのち、自分がブオーゾになりすまして遺言状を口述する、と提案する。みなは一人一人、自分のほしい財産を述べて、ジャンニ・スキッキはメモをとる。リヌッチョもいつのまにかいなくなっていた。
が、下手よりのドアから医者がやってきて、みなでドアを押さえたり大慌て。ジャンニ・スキッキがブオーゾの遺体で腹話術をして、眠いから夕方にきてくれと言い、ツィータにチップを渡させて、引き取らせる。
親戚たちは、ジャンニ・スキッキを着替えさせ、ブオーゾの遺体を窓から外に捨て(!)、ツィータ、赤いスーツの婦人、淡い緑のスーツの婦人の三熟女も色仕掛け。
公証人が二人の証人とともにやってきて遺言状を作り変える。ジャンニ・スキッキは、親戚一同の望み通りに言っていたが、最も大きな財産である屋敷と粉挽き場を「友人のジャンニ・スキッキに遺す」と言って、またツィータにチップを渡させて、引き取らせる。
公証人が帰ると、皆は怒り、屋敷の中の値打ち物を持ち出して帰る。中央の壁が開くと、フィレンツェの町並みをバックにバルコニーでリヌッチョとラウレッタが抱き合う。ジャンニ・スキッキが、召集に、これ以上の財産の使い方はないではないか、と問う。
これも一時間があっという間の、凝縮された鮮やかな物語であった。みな演技も素晴らしく、オペラというより芝居をみた気分。相当、練習したんだろうなあ。
違う作家の一幕もののオペラを対峙して並べて一つの世界観を作り出すとは、またオペラの新しい可能性をみた。演出家の時代のオペラは、どこまでいくんだろう。